現代詩人、最果タヒが書き下ろす、お風呂で読む詩#1
SNS世代の若者を中心に絶大な支持を得る詩人、最果タヒさん。自身のサイトやTwitterをはじめとする様々なメディアを用い、多くの人に現代詩を知るきっかけを与え続けている彼女が、「リラックス」をテーマに詩を書き下ろしてくれました。
夏の浴室 / 最果 タヒ
水がすぐ腐る季節です、 わたしは夏生まれです、 そう思い込んだら来た夏、 生まれたときのことを 覚えていないから、 そこに全ての根拠を もとめてしまう、 さみしいのも虚しいのも 欲深いのも愛されたいのも、 あの頃に、生まれたから。
生まれてすぐにわたしを 突き刺した光は、 溢れていくお湯のように すべてを濡らして、 すべてを包んで、沈めていった、 閉じていく朝顔のなかに 潜り込んでわたしは、 あの日、ひとつぶの雨になった、 涙は、嘘だと思う、 わたしからどれほど溢れても、 あの日、わたしのすべては 流れていったから。
生まれてやっと知ったのだ、 自分以外にだれも、この胎内に いなかったということ、 あたたかくて、わたしと 同じぐらいあたたかくて、 世界が、わたしの輪郭を潰して 消していった時間、 曇り空が広がる、 地平線の果てにふれるまで、 指先が伸びていくようだ、 他のだれかを探して、 湯船に溶けていくように、 すべてを、わたしが撫でていく、 そう決まっていた時間、 あの頃、わたしは、わたしが 一人だとは思わなかった。
詩を書いてくれた人
最果 タヒ
(さいはて・たひ)
1986年生まれ。詩人・小説家。
『第44回現代詩手帖賞』『第13回中原中也賞』受賞。詩集に『グッドモーニング』(思潮社)、『空が分裂する』(新潮社)。2017年5月に詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(リトルモア)が映画化された。最新作は『愛の縫い目はここ』(リトルモア)。『死んでしまう系のぼくらに』(リトルモア)で『第33回現代詩花椿賞』受賞。小説に『星か獣になる季節』(筑摩書房)、『かわいいだけじゃない私たちの、かわいいだけの平凡。』(講談社)がある。
公式サイト>http://tahi.jp/
twitter>https://twitter.com/tt_ss